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東京高等裁判所 昭和39年(う)2008号 判決 1965年2月03日

被告人 石田末次

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人高橋融作成名義の控訴趣意書並びに右弁護人及び弁護人岡田啓資共同作成名義の控訴趣意補充書に各記載してあるとおりであるから、ここにこれを引用する。

原判決挙示の証拠中証人石橋亘、同大野知行、同宮方公望の原審証人尋問調書中の記載、実況見分調書(図面、写真を含む)原審裁判所の検証調書(図面、写真を含む)診断書の記載によると、本件事故現場は市川市本八幡方面より東葛飾郡浦安町猫実方面に南北に通ずる県道と、浦安町当代島四百四十二番地先の東西に通ずる町道と交叉するところであつて、その交叉点の西南角には高梨英雄方のコンクリート塀があり、その西北角には西脇寿美児方のトタン塀等があつて、県道を北進する場合も町道を東進する場合も、いずれもその見透しは極めてわるい状態にあつたこと、被告人は第二種原動機付自転車(スポーツカブ六十二年型)の後部に宇田川隆をのせて、当代島方面即ち前記交叉点の西方面より東に向け時速約三〇キロで進行し来り該交叉点で右折せんとしたが、その手前で一時停止することなく同一速力で交叉点に進入したところ、偶々前記県道を北進して来た佐藤富士夫の第二種原動機付自動車(ヤマハ、六十一年型)とその交叉点の中央附近において出会頭に衝突し、よつて佐藤及び宇田川に原判示の如き傷害を蒙らせたことを認めることができる。

所論は、被告人は交叉点の西より東進し来り、右折せんとしたものではなく、県道を北から直進して来たものであると主張するところ、被告人は捜査官に対し同趣旨の供述をなしており、又これを裏付けるが如き証言もあるが、いずれも前記各証拠に比照して措信し難く、この点に関する原判決の認定には過誤は存しない。所論は原判決が証拠に採用しない資料に基き独自の主張をなすものであつて論旨は理由がない。

又所論は、大野知行、宮方公望の原審における証言、殊に大野知行の証言は原審検察官の誘導尋問によつてなされたものであつて、いずれも措信し難いと主張するも、記録によるも証人大野知行の証言は所論の如く検察官の誘導によつてなされたものとは認められない。(同証人の証言を録取した調書は不正確でその記載内容は全く事実に反するというが、記録に徴するも、原審において被告人及び弁護人は何ら調書の正確性について異議の申立をなした形跡も認められないから、右主張は採用し難い。)右両名の証言は、その記載に徴し真実を述べたものであつて、十分措信し得るものと認められるから、この両証言を証拠として採用して事実認定の資料とした原判決には何らの過誤も存しない。

次に所論は、大野知行の司法警察員に対する供述調書は、原審で刑事訴訟法第三百二十八条の書面として検察官から提出されたのに拘らず、原判決はこれを事実認定の証拠として採用していると主張するも、原判決は所論調書を事実認定の証拠に採用していないことが明らかであるから、右論旨は理由がない。

次に所論は、佐藤富士夫は原審において証人として喚問されながら出頭せず、調査の結果その消息不明として同人の司法警察員及び検察官に対する供述調書を刑事訴訟法第三百二十一条第一項三号に該当する書面として証拠調をなし、原判決はこれを証拠に採用しているが、右各調書は右法条第一項各号に該当するものではないから、原判決には訴訟手続に法令違反があると主張する。なるほど記録によると、同証人は昭和三十九年五月十四日の第三回公判において検察官から証人尋問の申請があつたが、その召喚状は転居先不明との理由によつて不送達となり、同年七月二十二日の第六回公判において、検察官より昭和三十八年十二月三日付の千代田区神田鍛治町二の一六柴崎方に電話照会したところ同人は同年一月退職し行先等は不明なる旨の回答を得た旨の電話聴取書と同三十九年六月一日付の同様行先等不明の旨の回答を受けた旨の電話聴取書二通を提出し、右各書面は弁護人の同意があつたので、検察官は佐藤富士夫の司法警察員及び検察官に対する供述調書を刑事訴訟法第三百二十一条第一項第三号に該当する書面として証拠調を申請したところ、弁護人は単に所在不明ということのみでは前記法条の要件を充たしていない、同条項による書面として証拠調をするのは不適当であるとの意見を述べたが、原審はこれが証拠調をなしかつ原判決において司法警察員に対する供述調書二通を事実認定の証拠として採用していることを認めることができる。しかしながら刑事訴訟法第三百二十一条第一項第三号にいう所在不明とは通常なし得る手段を尽して捜査してもこれが判明しない場合をいゝ、その場合にはその者の捜査官に対する供述調書を証拠に採用し得るものと解するから、検察官が前記の如き二通の電話聴取書を以つて証人の所在が不明なりとして前記供述調書の取調を申請し、原審がこれを容れて証拠調を了したとしても強ち不当となすべき筋合はないものと解する。しかしながら仮りに所論の如く該調査が不十分であつて右供述調書が同条項の条件を充たさないものとするも、原判決挙示の証拠中より右二通の供述調書を除外しても、他の引用証拠のみで原判示事実を認めるに十分であることは前段説示のとおりであるから、原判決の瑕疵は何ら判決に影響を及ぼすものではない。論旨は理由がない。

又所論は、宮方公望の捜査官に対する供述調書は前記法条第一項各号に該当するものでないのに原判決は証拠に採用した旨主張するも、同人の所論供述調書は原審第四回公判において検察官から同法第三百二十八条の書面として提出したものであつて、しかも原判決はこれを事実認定の証拠に採用しないことは原判決の記載に微し明らかであるから、この点の論旨も理由がない。

その他所論に徴し記録を精査するも、原判決には所論の如き法令違反、事実誤認の過誤は存在しない。所論は原判決が採用しない証拠に依拠して独自の見解を展開して原判決の認定を非難するものであつて総べて採用し得ない。各論旨はすべてその理由がない。

以上の理由により本件控訴はその理由がないから、刑事訴訟法第三百九十六条に則りこれを棄却すべく、主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅富士郎 寺内冬樹 谷口正孝)

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